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河崎(三重県伊勢市)

「古いまち並み」と「生活感」の共存

伊勢市駅を挟んで伊勢神宮外宮の反対側にある河崎のまちは、江戸から昭和20年代にかけて、水運による物資の中継地として栄えました。まちの誕生は、勢田川の河岸を中心に開拓された室町時代に遡り、日本の主要な港から集まる米、魚、塩、材木などの物資の中継を担う問屋町として江戸時代に最盛期を迎えました。勢田川沿いには、800メートルにわたって土蔵や町屋・商家などが並んでいたそうです。
しかし、明治30年の鉄道開通以降、鉄道輸送やトラック輸送が増大し、物資の運搬も伊勢神宮の参拝客の足も海上交通から陸上交通へと徐々に移行。鉄道の交通軸の要であった宇治山田が商業の中心地となり、昭和40年頃から河崎のまちは衰退してゆきました。ところが皮肉なことに、第二次大戦中の空襲で宇治山田のまちが破壊されたのに対し、河崎は空襲を免れ、古くからの町屋や土蔵の建物を残すことができたという訳です。戦災を免れたまち並みは、昭和49年の集中豪雨による「七夕洪水」を受けて、川幅を広げる工事が提案され、川岸の住民に対する立ち退きが求められました。これを切っ掛けに、住民による反対運動が起こりましたが、それでも勢田川の護岸工事は行われ、川と生活空間が密着していた川岸の港町としての風情は失われました。しかし、この反対運動を機に、河崎の歴史や文化を発見する活動へ繋がっていったそうです。

左:七夕洪水前の川岸(川の駅2階の展示写真から)
右:いまの川岸(護岸工事により、川岸の風情は失われた)


河崎の建物の特徴は、切妻・妻入りの屋根と格子状に見える板壁。この板壁は土壁に漆喰を塗った上に、押縁(おしぶち)(又は簓子(ささらこ))のある下見板張りで、この地域では「鎧囲い」「刻み囲い」「外囲い」などと呼ばれているそうです。雨などの湿気から土壁を守るためには、漆喰だけでは剥がれやすいため、さらに板張りをして土壁を保護しています。河崎だけではなく、伊勢神宮内宮前の「おはらい町」などでも多く見かける、この地域の典型的な外壁のスタイルです。
押縁(又は簓子)とは、横板を上から押さえている角材を指し、横板の段々にあわせて切り込まれています。また、黒っぽい壁面は、煤を混ぜた魚油を塗ることによって防水・防腐効果を高める機能があるとか。この鎧囲いは、板が傷んだ場合に取り替えられるよう、また、火事のときなどに取り外せるように、嵌め込み式になっているそうです。


河崎のまちづくりは、昭和54年の「伊勢河崎の歴史と文化を育てる会」でまちの歴史や文化を発見する活動が始められたことが発端となっているようですが、蔵や町家を保存・利用する本格的な活動へ動き出したのは、平成に入ってからだそうです。平成8年、河崎が伊勢市の歴史文化交流拠点に位置付けられ、平成11年にまちづくり活動の中心を担うNPO法人伊勢河崎まちづくり衆が設立。平成14年には、江戸時代創業の酒問屋である小川酒店を修復し「伊勢河崎商人館」がオープンしました。この伊勢河崎商人館は、まちの歴史などを伝える資料館として、また、地域の人々のまちづくり活動の拠点ともなっており、伊勢河崎まちづくり衆によって運営されています。
河崎のまちづくりの歴史やNPOの活動などについては、伊勢河崎商人館のホームページに詳しく載っています。(http://www.e-net.or.jp/user/machisyu/snkan_index.htm)

伊勢河崎まちづくり衆の事務局の方にお話を伺いました ―河崎のまちづくりは、生まれた場所に長く住み続けることが出来るまちを目指しており、住んでいる人と訪れた人が気持ちよく過ごせるまちでありたい。これまでNPOの活動などを通して、河崎の歴史やまちの文化的価値を広め、地域の人々とその重みを共有してきた。結果として、住民や商売を営んでいる方々がまちに愛着を持ち、自前で建物を修復したり、昔ながらの外観に配慮した家を建てたり、店を開いて賑わいをつくったり・・・。民間の力でここまでやってきた。地域の人々の生活と共にあるまち並み保存を発展させてゆきたい ―
これまで行政による経済的な支援を受けずに、民間の力でこのようなまち並みを維持・発展させてきた地域の方々の意識の高さと努力には驚かされます。
河崎を訪れて、ここのまちづくりは、外資による店舗開発などの商業開発を中心としたものではなく、あくまで地域の人々が住み続けながらまちの歴史を大切にしその個性を引き継いでゆくことに主眼が置かれていると感じました。「地域の人々の生活と共存するまち並み保存活動」という印象です。
対象的に、伊勢神宮内宮に隣接する「おはらい町」は、商業開発と併せ、歴史的な街なみの復元、電線地中化、道路の美装化などによる景観整備を行い、日本でも有数の観光地へと発展しましたが、どこかテーマパークに来たような感じを覚えたのは、そこに地域の人々の生活を感じることができなかったからかもしれません。

ふらりと立ち寄った喫茶店「茶房 河崎蔵」(写真左)は、築150年の蔵を改装したもの。昔ながらの建物を改装し新たに店舗として再利用したものとしては、河崎で第1号とのこと。高い天井に漆喰の白い壁と梁の美しい落ち着いた店内で、旅行者と地元民との会話がいつの間にか弾んでしまうような居心地の良さを感じました。旅の醍醐味は地域の歴史と地域の人々との触れ合いにあるといいますが、河崎はそんな楽しさを味わうことのできるまちです。この建物も、これまで行政の経済的な支援のない中で、自前で保存・改修等を行ってきたそうです。
もっと通りに店舗を増やして賑わいのあるまちにしたいという声がある一方、静かに暮らしたいという要望も多いとか。河崎を歩いていると、そんな地域の人々のコミュニケーションや試行錯誤の結果として徐々に「河崎らしさ」の質が高められてきたという、まちづくりの厚みを感じます。
(2011年6月)